中国世界遺産巡り30 高句麗前期の都城と古墳
中国語・中国文化

遼寧省・吉林省の世界遺産 ― 高句麗前期の都城と古墳
こんにちは、北京語言大学東京校です。
今回は遼寧省・吉林省に残る世界遺産、高句麗前期の都城と古墳についてご紹介します。
二国にまたがる世界遺産
高句麗はかつて朝鮮半島一帯を支配した大国で、その遺跡は中国東北部と朝鮮半島に広がっています。中国側に残るのは前期の遺跡群で、2004年には朝鮮民主主義人民共和国の平壌などにある後期の古墳群とともに世界遺産に登録されました。
中国側の遺跡には、五女山城、丸都山城、国内城といった城郭や複数の古墳が含まれ、当時の政治・軍事・文化の中心地を今に伝えています。
高句麗の歴史
高句麗は紀元前37年頃、朱蒙によって建国されました。初めの都は五女山に置かれ、紀元後3年には丸都山に遷都し、平地部分に国内城を築きました。
最盛期の5世紀には平壌に都を移し、中国東北地方南部、ロシア沿海地方の一部、朝鮮半島の大部分を支配する強国となりました。しかし668年、唐と新羅の連合軍によって滅亡し、唐に吸収されました。
長寿王の墳墓
遺跡の中には、長寿王のものとされる墳墓もあります。長寿王は父・広開土王の時代の発展を受け継ぎ、高句麗の最盛期を築いた人物です。427年に王都を平壌に移し、新羅や百済を抑えて領土を拡大しました。
さらに遼東へ進出し、百済の都・漢城を陥落させ、中国北朝の魏や南朝の宋・斉とも国交を結びました。東アジアの強国としての地位を確立した長寿王は、98歳まで生きたと伝えられています。
まとめ
高句麗前期の都城と古墳は、中国東北部に残る古代東アジア史の重要な遺産です。城郭や墳墓は、当時の政治的・軍事的な力を示すだけでなく、文化交流の痕跡を今に伝えています。
この記事は遼寧省・吉林省の世界遺産、高句麗前期の都城と古墳についてのご紹介でした。
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