中国世界遺産巡り56 泉州 : 宋・元時代の中国における世界のエンポリウム
中国語・中国文化

こんにちは、北京語言大学東京校です。
今回は福建省の世界遺産、泉州:宋・元時代の中国における世界のエンポリウムについてご紹介します。
宋時代の貿易港
「エンポリウム」とは、商業や貿易の中心地を意味する言葉です。泉州は、宋・元時代に世界的な貿易港として栄えた都市でした。
その理由の一つは、立地の良さです。泉州は海に面しているだけでなく、内陸へと続く川も流れており、当時の主要な交通手段であった海運と河川交通が交わる場所でした。
この地理的条件によって、泉州は多くの国や地域と結ばれる重要な交易拠点となりました。
宗教と人々の交流点
泉州はマルコ・ポーロの『東方見聞録』にも登場し、またイスラム世界の旅行家イブン・バットゥータはこの都市を「世界最大の港町」と記しています。
貿易が盛んな都市には多くの人々が集まり、さまざまな文化や宗教が交わります。泉州もその例外ではなく、イスラム教やヒンドゥー教など、さまざまな宗教文化の影響を受けた建築物が現在も残っています。
今回世界遺産に登録されたのは、こうした歴史を伝える建築群です。泉州湾に入る船から目印として見えた六勝塔、イスラム教の礼拝所である清浄寺、そして世界でも珍しい石造りのアーチ橋である洛陽橋など、海上貿易の繁栄を物語る遺産が数多く残されています。
沖縄専用港もあった!
泉州は、琉球王国との交流においても重要な拠点でした。
この地には琉球からの使節を迎える専用の港があり、使節団が滞在した施設「来遠駅」の跡も残っています。また、琉球船の造船技術の一部は泉州から伝わったともいわれています。こうした歴史は沖縄や福建の博物館でも紹介されています。
ただし、14世紀ごろになると海上貿易の中心はさらに南へと移っていき、泉州の港としての役割は徐々に小さくなっていきました。それでも、当時の国際交流の歴史を今に伝える遺跡が数多く残されていることは非常に貴重です。
まとめ
泉州は宋・元時代に世界的な貿易港として栄え、多くの国や文化が交わる国際都市でした。
宗教建築や港湾施設、橋などの歴史遺産は、当時の海上交易の繁栄と文化交流の様子を今に伝えています。
東アジアから中東までをつないだ海のシルクロードの重要な拠点として、泉州は歴史的に非常に価値の高い世界遺産となっています。
この記事は福建省の世界遺産、泉州:宋・元時代の中国における世界のエンポリウムについてのご紹介でした。
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