中国世界遺産巡り47 シルクロード:長安-天山回廊の交易路網
中国語・中国文化

こんにちは、北京語言大学東京校です。
今回は新疆ウイグル自治区・陝西省・河南省の世界遺産、シルクロード:長安-天山回廊の交易路網についてご紹介します。
シルクロード
シルクロードは、アジアとヨーロッパを結ぶ約8,700kmにおよぶ交易ルートです。
世界遺産に登録されたのは、そのうち中国の漢・唐王朝の都であった洛陽・長安から、天山回廊と呼ばれるルートを通り、中央アジアのカザフスタン、キルギスへと至る部分です。
この区間は3か国にまたがり、総延長はおよそ5,000kmに及びます。
なぜシルク?
漢王朝の時代、都の長安(現在の西安)から西アジアやインドへと続く交易路が開かれました。
中国の特産品である絹がローマ帝国にまで運ばれたことから、この道は後に「シルクロード」と呼ばれるようになります。
しかし、このルートを通って行き交ったのは絹だけではありません。政治、経済、宗教、思想、文化、芸術など、さまざまなものがこの道を通じて交流しました。
こうした交流の道として、シルクロードは16世紀頃まで長く利用され続けました。
きっかけは張騫
シルクロード開拓のきっかけとなった人物として知られているのが、漢の時代の張騫です。
当時、秦や漢は北方の騎馬民族「匈奴」の脅威に悩まされていました。そこで漢の武帝は、匈奴と敵対していた大月氏国と同盟を結び、匈奴を挟み撃ちにしようと考えます。そのための使者として送り出されたのが張騫でした。
しかし張騫は途中で匈奴に捕らえられ、なんと10年以上も匈奴の地で暮らすことになります。そこで妻子まで持つことになりましたが、やがて脱出に成功します。
その後、さまざまな土地を旅してようやく大月氏国にたどり着きますが、同盟の申し出は受け入れられませんでした。
それでも、張騫が漢に持ち帰った西域の情報は非常に貴重なものでした。この情報が、その後のシルクロード交易の基礎を築いたともいわれています。
まとめ
シルクロードは、アジアとヨーロッパを結ぶ壮大な交易ネットワークであり、物資だけでなく文化や思想も行き交う重要な交流の道でした。
その中でも「長安-天山回廊の交易路網」は、中国から中央アジアへと続く重要な区間として世界遺産に登録されています。
多くの人々の往来や歴史的な出来事によって形づくられてきたこの道は、東西交流の象徴ともいえる存在です。
この記事は新疆ウイグル自治区・陝西省・河南省の世界遺産、シルクロード:長安-天山回廊の交易路網についてのご紹介でした。
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